その日は朝からひどく雨がふっていた。
風呂場で浴槽を洗っていて、ふと窓の外に目をやると、斜向こうのSさんの家の様子が、何やらあわただしいのに気づいた。S家はここからは道を挟んで3軒向こうなのだが、去年前の家が取り壊され空き地になったので、よく見えるのだ。
今はS家の所有となった空き地に、普段は見かけない車が何台か止まっている。幾人か人も集まって来ているようで、傘を差した人が、玄関をあわただしく出たり入ったりしている。
休日の朝早くから、どうも様子が変である。
やがて、何かの業者さんのライトバンが止まり、受付け台のようなものを車から出しはじめた。
「ひょっとして…」、変な想像がよぎった。
と言うのも、その前々日だったか、隣組の組長さんが家に見えて、Sさんの奥さんがしばらく入院されていると聞いたからである。ついては組からお見舞い金を出すのでと、徴収しに各家を回っているとのことだった。規定により、入院が3週間を超えると、組ではお見舞い金を集めるそうなのである。
「入院されていたんですか。いや全然知らなかったです」。
「ぼくもきのう聞いたばっかりで」と組長さん。
そんなやりとりがあって、今朝の様子である。
組内とはいえ、お互い通りすがりに挨拶をする程度のお付き合いなので、何も知らないのも無理はないのだが。
まだお若かったし、心配である。
しかしまだ、そうと決まったわけではないのだ。
ひとまず風呂に入ろうと思い、お湯の蛇口をひねった。
こういうとき、どうもマイナス思考の私は、悪い方に考えてしまう。
悪い予感は大抵当たるものだと思っているふしもある。
だんだん嫌な予感が増幅してきて行き場を失い、気持ちが塞いだ。
ほどなく、セットしたタイマーがけたたましくジリリリと鳴った。
お湯を止めに風呂場に行き、小窓からもういちどS家の方を見た。
雨滴が白い糸を引いて絶え間なく落ち、黒く濡れたアスファルトをたたいていた。
首を伸ばして見ると、今度は傘を差した人達が空き地に集まっている。こちらからは背後になって傘しか見えないが、なにやら神妙な様子。
さきほどは手前の家の陰になってよく見えなかったが、雨傘のかたまりの奥に、竹が見える。笹竹である。それに白い紙の下がったしめ縄も、ちらりと見えた。
空き地に立つ笹竹。竹にはにしめ縄が張られ、人が集まり…。そうか、地鎮祭だったのか。
受付け台に見えたのは、神主さんの前のお供物の台だったらしい。空き地に家が建つのだ。
とんでもない勘違いだったわけである。
ほっとして肩の力が抜けた。ひとり気をもんでいた自分がばかばかしく、哀れだった。
ものごとがどっちに転んでもおかしくないようなとき、そんなときは、どこかで神と仏が綱引きをしているのだと思う。
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