しばらく前から左の肘が痛い。
何もしなければ痛みはさほど感じないが、物を持つとき肘を曲げると痛みが走るようになった。そのうち治るだろうと我慢していたが、よくなるどころか、どうにも我慢が出来なくなってきた。もうフライパンを持ち上げるだけで痛い。とりあえず近場の整形外科に行こう。
去年腰痛になった時かかった医院は、どうもイマイチだったから別のところがいいな。どこがいいのだろうと思って調べると、いくつかあった。
こんな時は地元の人に聞くのが一番。で、知り合の製材屋さんに電話して聞くと、H医院を紹介してくれた。年配のお医者さんがやっている昔からの町医者で、「年はいっているし、口は悪いが腕はいいよ」。
製材屋さんが以前ギックリ腰で行ったときは、「そんなのウチに来なくても、家で寝てれば治る。」と叱られたそうな。
最近ではお目にかかれないタイプのお医者かもしれない。コワゴワ出かけてみた。
住宅街の狭い路地を入ったところにH医院はあった。
昔風な車寄せのあるコンクリート造の建物は、かなり年季が入っている。うっそうとした庭木の奥に、医院と続きで自宅があるらしかった。製材屋さんによると、医者の息子さんがいるけど総合病院に勤めていて、後は継がないのだという。
昼過ぎの2時半に行ったのだが、どうも客は僕ひとりらしい。どこか懐かしい感じのする待合室はがらんとしている。
奥で受付けをすませると、黒い革張りのベンチで待機した。何とも不思議な静けさである。壁に貼られたインフォメーションがちょっと古い。
その間、あまり若いとは言えない看護婦さんが二人、診察の準備をしているのが見える。相変らず客は来ない。ちょっと不安な気持ちが頭をもたげるが、もうどうにもならない。
用意が整ったのか、「センセー、センセー」と看護婦さんが奥に向かって声をかけた。
「ニシカワサンどうぞ」
部屋に入ると、かなり広い診察室は、真ん中に古びた診察台と医療器具ののったワゴンがあるほか、殺風景といっていいほど何もない。入り口直ぐ左に先生の座るイスとデスクがあり、僕はその前の丸い革張りの小椅子に促されて腰かけた。診察台の脇に、二人の看護婦さんが並び立って控える。
70前後とおぼしき先生は、体格がよく声も大きかった。
先ずは問診から。どこが痛いから始まって、どうした時に痛くなるか、こうやって曲げて痛むかどうかなど、ひと通りのことを聞かれた。
めずらしく触診は一切なかった。先生はいくつか質問をした後、何の仕事をしているのか聞いた。
家具を作っているというと、ちょっとうれしそうな顔になった。ああやっぱりねっ、もう判ったからいいよって感じで問診が終わった。
「これから説明するけど、その前に一応レントゲン撮っておくか」といわれ、奥の薄暗い部屋に入った。
レントゲン室と言っても特別な作りには見えず、普通の部屋だった。木製のドアの隙間から診察室が見える。レントゲンの機械も古そうだけど大丈夫かな。
心配をよそに2カットを手際よく撮って、診察室に戻ると、あとは先生の独演会だった。
結論はテニス肘とか野球肘とかいうものらしく、以前はスポーツ選手に多かったのだが、いまは職人さんに多い。まだ骨が変形するほどは進んでいないが、ひどくなると肘が曲がらなくなる。
「あんたの骨はまだ綺麗」なんだそうで、進行した人のレントゲン写真もいろいろ見せて説明してくれた。
「治療方法は?」聞くと先生は、
「昔は手錠してれば治ると言ったんだ。ともかく手を使わないのが一番」。
「上げ膳、据え膳で、家でゴロゴロしてれば治るよ」、「まあ長年使ってきたんだから、少し休めってことなのよ」。
実行できるかどうかは別として、なんとも明快なアドバイス。
「いちおう薬も出しとくけど、痛みがひどくなかったら、飲まなくていいよ」って、とことん医者らしくない。
診察が終わって戻ると、静かだった待合室に、客が3人来ていた。
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