Aさんとは、確か15年ほど前からのお付き合いになる。
最初テーブルを頼まれて以来のお客さんで、納品してしばらくすると、今度はこういうものが作ってほしいと、次なるアイデアを持ち込まれる。
ときに2年ほど間があくこともあったが、また忘れたころに連絡が来て、ご無沙汰してますがお願いしたいものがあって・・・、となる。
頼まれるものは必要に迫られてというより、ご本人曰く、木のモノが好きでたまらないという理由の方が大きい。
そんなふうだから、家じゅう家具で埋まるぐらいなのだが、まあ病気みたいなものだからしょうがない、とご本人。
さてAさん、どんなお金持ちかと想像をふくらませたくなるが、これは最近になってご本人からうかがったのだが、現在はタクシーの運転手さんをされているとのこと。
実はAさんにはもう一つ趣味があって、オーディオマニアでもある。先日の納品時はオーディオルームを増築中とあって、いくつもの機器が部屋のあちらこちらに仮置きしてあった。
わたしはそっちの方には素人同然だが、興味がないわけでもない。
男の子はオーディオとかカメラといったメカニカルなものに、心惹かれた経験を一度ならず持つものである。
増築した部屋に、でっかくて、めずらしい形のスピーカーが置かれていた。
「これはどこのスピーカーですか」
「イギリスの古いタンノイのスピーカーユニットだけど、ボックスは今のもの」らしい。確かに外観は新しい。
隣の部屋にはレコードプレーヤーが白い布をかぶっていた。
こっちも古いターンテーブル、それにあつらえて木のベースを作ってもらったとのこと。ベースが半端なく分厚くて、重量感がある。
そしてその隣には大きな真空管アンプが鎮座している。
広い基盤の上に真空管がいっぱいのっかっている。飾りも何もない、ただパーツを組んだだけに見える、なんとも素っ気ない機械。
でもこの武骨さがまた、たまらないんだろうなぁ。
「真空管ですね」
「これは現在も作られているアンプだけどね、真空管は中国製かな」。「もう日本では作ってないから」。
「でも最近はロシア製の真空官がいいって言う」らしい。
ここから突然、Aさんの話が飛んだ。
「西川さんの歳なら知ってるかなぁ」
むかし東西冷戦のさなか、ソ連のミグっていう戦闘機が、函館空港に強行着陸して、パイロットが亡命したことがあった。
そのときミグ戦闘機をばらして調べてみたら、当時はすでにトランジスタの時代だったにもかかわらず、まだ真空管が使われていたので、ソ連は遅れてるって日本の技術者はバカにしたらしい。
「けど真空管は作動が安定しているんだよね」とAさん。遅れてるとばかり言えないのである。
「確かベレンコ中尉、よく憶えてます」
もう半世紀近く前の記憶がよみがえった。
わたしたちは科学技術は年々進歩していると信じて疑わないが、ことオーディオの世界において音質を追求すれば、いまもテクノロジーをあざ笑うかの如く、昔のものが幅を利かせている。不思議な世界である。
ついでにもうひとつ不思議なのは、これは自分の記憶力のことですが、昨日会ったばかり人の名前も忘れるくせに、半世紀ちかく前のソ連人パイロットの名前をそらんじているのは、如何なる脳ミソかと思う。
スポンサーサイト