冬の朝としては暖かい陽がさしていた。そとに出て、風に柔らかく揺れる竹藪をながめていた。
しばらくそうしていると、工房の前を通りかかった軽トラが、僕を見つけてブレーキを踏み、ここより一段低い道に止まった。
車の助手席の窓がすぅーっと下がり、運転している男が背をかがめてこちらをうかがうと、大きな声で聞いてきた。
「何かあるかぁい」
しばらく見なかった顔が、運転席の奥の方にあった。鉄くず回収の男だった。
男はもう半年、いや一年近く来なかった。コロナの騒ぎがはじまってからは、初めてだろう。
久しぶりなので鉄くずも少しはあると思い、
「あるよ」といって、ぼくは建物の中に戻った。
男は軽トラを前の方に進め、車を下りて入口に立つとあらためていった。
「何かあれば持って行ってやるよ」
「少しだっていいんだよ」
ひさしぶりに聞く、お決まりのセリフである。
切れなくなった丸ノコの刃が二枚、空き缶がいくつかと、材木を縛る帯鉄が少々。
集めてみたがそれぐらいしかないというと男は、
「これっぽっちか」と小声でぼやいた。
「まあいいから車に持ってきて」。
あまり接近しないように気を使っているらしい。
鉄くず回収業なら、年の瀬のおそらくカキイレドキというのに、軽トラの荷台には、壊れた金属製の雨戸が二枚載っているだけで、寂しいものだった。
ぼくは、持ってきたものを雨戸の上にバラバラと落とした。
男は礼をいうでもなく、おそらくはボランティアで来てあげていると思っている風である。そしてのたまうのであった。
「世の中かわったよぉ」
「世の中かわったよぉ」
二度くりかえした。
でも、何がどう変わったとか、具体性がなくそれっきりなので、
「鉄の値段が下がった?」と投げかけてみると、
水平にした手のひらを下に押し下げる動作をしてみせ、
「下がった」というきりだった。
でもそれは相場で変動するものだから、世の中が変わったというほどのことでもない。
何だかよく分からないが、日々街中を軽トラで流している者には見えてくる、世の中の変化があるのだろう。ぼくみたいに仕事場にこもっているような人間にはわからないけど。
男は、「じゃあまた」といって軽トラを出し、交差点を曲がって消えた。
それからしばらくして、アスファルトの上に軍手が片方、落ちているのに気付いた。男が車に乗り込むときに落としたようだ。
黒ずんで、ずいぶんくたびれた軍手。
拾い上げると機械油でも吸ったのか、ずっしりと重い。そのうえ指先にはいくつも穴が空いている。
白い木綿の軍手もここまでになると、何かを表現しているオブジェのようだ。
さてこの軍手、どうしたものかと思ったが、悪いけど捨てるほかないということになった。
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