確定申告が終ってほっとしている。
毎年この時期に、パソコンの前に座って丸2日間、事務仕事をするのが恒例になっている。
各月ごとに分けて封筒に入ておいた、レシートや領収書の数字を入力していく。
もとより過ぎたことは記憶にとどめない性分なのだが(物事をよく忘れるという人もいる)、さすがに去年買った物や、行ったところはその時の記憶がよみがえって、ああこんなことがあったかと思い出す。
なかでも10月にあった事件は、いま振り返れば笑ってすませられるが、その時は冷や汗ものだった。
2年ほど前、千葉の房総半島の先端にある、とあるレストランの仕事をした。お店の開店に合わせて、テーブルを大小あわせて十数台納品した。
天板だけを工房で作り、脚はスチールの既成のものを使う。それを現場へ持ち込んで天板と脚をビス止めして完成という、比較的簡単な工程のものだった。また簡単でなければ一度にその数はこなせない。
昨年10月にその店から、四人掛けのテーブルを仕様は同じでもう4台、追加で作ってほしいという話があった。なるべく早く欲しいとのこと。
ちょうど仕事が混んでいるときでどうしようかと思ったが、お世話になっている設計事務所の紹介なので、何とかやりますということになった。
ともかく自分では作っている時間がないので、天板の制作は同業の友達にお願いして、スチール製の脚は工場から送ってもらった。ぼくは材料の手配と現場での組み立てをすることにした。
群馬から房総にあるそのレストランに行くのは3回目だった。ノンストップでも3時間半ぐらいかかるが、休憩を考えると片道4時間コースである。
レストランでは、ランチが終わる午後2時以降なら搬入作業を手伝えるとのことで、お言葉に甘えて一人ででかけた。
コック見習いのようなまだ若い男の子に手伝ってもらい、天板を運び入れ、毛布を敷いた床に裏返しに置いてスチール脚を止めていく。工房でビスの下穴は空けてあるので流れるように作業が進む。ビス打ちがおわればひっくり返して完成。案外早く帰れるかもという期待が沸く。
ところが、4台とも終わったところで、一台だけどうした訳か天板がグラつくことに気づいた。天板がというより脚がグラついているらしい。
スチール製の脚は、中心に丸パイプの1本脚で床に着く部分がX字形というタイプ。丸パイプの上には天板を受けるベースの鉄板が溶接されている。
テーブルをひっくり返してみると、丸パイプの中に六角ボルトの頭が見える。
かろうじて届いた指先でボルトに触ってみると、何と回ってしまうではないか。手で回るようでは話にならない。生産工場でボルトを締め忘れたらしい。
メーカーに連絡を取って対応をお願いするのが筋だが、締め具を持った作業員がサッと現れてボルトを締めてくれる、そんな訳はないので、ここは現場にいるぼくが何とかすることになる。
納品先のことだから、工具といえばインパクトドライバーぐらいしか持ってきていないし困ったことになった。
とりあえず時間をいただいて、締め具を買いに出た。
普通のボルトならスパナでいいが、頭がパイプの中に埋まっているので、どうしたものか。
近くのホームセンターに飛び込んで、しばらく捜してみたが、願いにかなうような道具が見つからない。
どうしよう。ちょっと焦り始めている自分に、落ち着くよう言い聞かせる。
そういえばここへ来る途中、別のホームセンターがあったのを思い出した。今度はそちらに車を走らせる。
しかしどこも同じような品揃えで、そんな締め具はなさそうである。返って最初の店の方が規模が大きいぶん何か見つかるかもしれない。
思い直してまた元の店に戻った。
通路で商品を並べている若い男の店員さんに事情を話して、こういう締め具はないでしょうかと聞くと、先ほどは見なかった売り場に連れて行ってくれた。
そこにはソケット式のレンチが各サイズずらりならんでいる。これこれ、これならいけそう。
ただ、どのサイズが合うか試してみないと分からない。
かなり大きめのボルトだった。見当をつけてひとつ買い、それにインパクトドライバーとのアタッチメントも一緒に買って現場に戻る。
期待を込めて差し込んでみる。ところが、入りそうで入らない。サイズが小さいのだ。
またホームセンターに走る。
店員さんに事情を話して、もうひとつ大きいサイズのものに交換してもらい、それを持ってレストランに戻る。
10月末といっても房総は暖かい。行ったり来たりに汗が吹き出てくる。
ソケットレンチを祈るような気持ちでパイプに差し込むと、今度はピッタリ入った。
あとは締めこむだけである。
客の引いたレストランに、
「ダ、ダ、ダ、ダ、ダ」とインパクトドライバーの締め音が響き渡った。
テーブルを設置して、グラつきがないのを確認する。
ああこれでやっと群馬に帰れる。
スポンサーサイト