最初に蜂の巣を見つけたのは、いつだったろうか。
春先のことだったのか、もう梅雨に近いころだったのか思い出せないでいる。
さいしょは猫の手のひらぐらいの大きさで、ウッドデッキのところの板壁に、ちょこんとかわいく張りついていた。
普通ならもうすこし上の軒天井に、釣り鐘みたいに下向きに作るものだと思うが、どういうわけか重力に逆らって、壁に作った。
何蜂というのか、アシナガみたいに見えるものの、ひと回り小ぶりな蜂で、あまり攻撃性はなさそうである。
さいしょは数匹の小蜂が、その猫の手のひらにとまっているきりで、庭に出たときにときどき視界に入るものの、さして気に留めなかった。
蜂にも暮らしがあるのだろうし、特別害がなければ放っておけばいいではないかと、ホトケがタカをくくったような気でいた。
夏が来ると、巣は10センチほどの楕円に成長していた。
蜂の数もかなり増えた。数十匹がびっしりと肩寄せ合って巣に張りついている。また忙しそうに飛び交う蜂も多くなった。
このころになると、蜂の巣ができてますよと指摘されることが幾度かあった。隣の奥さんも、立ち話をするなかで、蜂の巣のことをさりげなく話題にするようになった。子供さんがまだ小さいので、刺されはしないかと気になるようである。
人間がかまわなければ刺したりしないですよ、とは言うものの、確かにこのところ蜂の数が飛躍的に増えた。
巣にはもう、かつてのかわいさは微塵もない。蜂が肩を寄せ合って気ぜわしく動くさまは、見ていて不気味な感じすらする。
こんなになる前に巣をとっておけばよかったのだが、後の祭り。こうも大きくなると、やすやすとは手が出せない。
隣家では、遠くまで飛ぶ殺虫スプレーでやっつけるそうなのだが、うちではそこまでやらなくてもと思う。
まあ秋になって涼しくなれば、蜂も飛ばなくなりますよと、気をもむ奥さんをなだめて秋を待った。
ところが秋になっても、巣の膨張はいっこうに止まらない。
楕円の長い方で、すでに20センチぐらいありそうである。猫の手のひらが、もう大人の手のひらより大きい。蜂の数たるや100匹以上はいそうで、びっしりと巣を覆っている。見てると鳥肌がたってくる。
飛び交う蜂も目に余るようになってきた。もうそこらじゅうに飛んでいる。ウッドデッキの前に止めた車のドアにまで3匹ほどとまっている。
隣家の庭にも塀にも、遠征して飛び交う蜂の影が・・・。これはもうアカンやろ。
決行は夜中に。棒で突っつけば落ちるだろう。
巣まで長さ1メートルもあれば届くはず。適当な棒がないか探したが、なかなか見当たらない。薪ストーブの灰を掻きだす薄い金属の棒があったので、それを持って外の暗闇へ出た。
蜂はかすかに動いているようにも見えるが、近づいても飛び立つものはいない。静かだ。
直ぐに逃げられるよう、ウッドデッキの上に片足立ちになり、棒の先端を蜂の巣と杉板の壁の間にそおっーと差し入れた。そしてクイッとこじると、あっけないほど簡単に巣は落ちた。あとは一目散に家の中へ。
一息つくと、さてさて外はどんな騒ぎになっているか見たくなって窓から覗いてみたが、暗くてよく見えない。
翌朝出てみると、地面に転がった蜂の巣は、蜂の子がいるでもなく、すでに空っぽだった。もう巣立った後みたいである。
拠り所がなくなった蜂たちは、巣のあったあたりの壁と軒下に張りついて、こちらを見下ろしている。
「コンチキショー」とか思ってるんだろうな。でももう子育ても終わったんだから、よしとしようよ。
彼らはそのままそこで越冬するのかと思っていたら、寒くなるにつれて、壁に張りついた蜂の数も少しずつ減っていった。それでも数日前までは最後の残党20匹ほどが、肩寄せ合って寒さをしのいでいたのだが、11月も終わる頃になると、もう一匹もいなくなった。
調べてみると、アシナガ蜂の類は女王蜂を除いて、冬を越すものはいないのだそうである。春、夏、秋、それで一生を終えるらしい。
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