自分は、よそ様に大声で怒ったり、感情をぶつけたりすることはない、と思っていた。
が、そうでもなかった。
3月はある公共施設の仕事で忙しかった。
丸テーブルを9台と、各テーブルに椅子が4脚で、合計36脚の椅子を作るというもの。
先日納品が終わってホッとしていたら、椅子の脚裏に何かクッションになるものを貼ってほしいというので、フェルトを準備して出向いた。
体育館ほどの広さの施設はすでに完成していて、職人さんも引き払った中、カーテン屋さんだけが働いていた。
親子なのか、中年の親方と20代とおぼしき若者が、カーテンを束ねる金具の取り付けをしている。
二人は遠くにいたので、特段に挨拶も交わすことなく、ぼくは一列に並んだテーブルの手前の椅子からフェルトを貼りはじめた。
床に毛布を敷いて、椅子を一脚ずつ裏っかえしにし、あらかじめカットしておいたフェルトを貼っては、もとに戻す。その繰り返し。小一時間もあれば終わる予定である。
広い館内にはカーテン屋さんのビスを打つ音だけが、ダダダダっと鳴り響いていた。
フェルト貼りはじめてしばらくして、いちばん遠い所にある丸テーブルの上に、何やらたくさんのモノが載せてあるのに気付いた。インパクトドライバ(ビス止めの道具)とそのケース、予備のバッテリーなどが、じか置きしてある。どうやらカーテン屋さんの道具類らしい。
何たる非常識。ウチで作ったテーブルに傷でも着いたらどうするの。
すぐに注意して下ろしてもらおうと思ったのだが、親子はまだ遠くで仕事をしていたので、何となくそのままにしてしまった。
やがてカーテン屋の仕事も目途がついたのか、息子がその道具置き場に来て、インパクトドライバを片づけ始めた。
そこで腰を上げて、テーブルの上ではやらないでくれと、はっきりいえばよかったのだが、言いだせなかった。まったく気が小さいのだ。
ただ、物を落としたりしないか気が気じゃなかったので、フェルトを貼りながら息子の動きをじっと監視していた。
いちおう道具をテーブルに置くときは、気を使ってそって置いているようではある。
しかしだ、家具屋が来てるんだから、少しは気ぃ使えよって、まったく無神経な奴らだ。これだから田舎職人は困るんだよなぁ。
心の中で罵詈雑言を浴びせながら、フェルト貼りもすでに半分は終わり、息子との距離もだいぶ詰まってきた。
そうこうしているうちに親父も来て、帰り仕度を始めた。
直ぐそこに家具屋がいるのに、目に入らんのかこの二人は…。
しかしいっこうに構う様子はなく、親子でバッテリーを外したり、充電機をケースに戻したりしている。
やっぱり言った方がいいだろう。
逡巡していると、息子がケースのひとつを隣のテーブルに置いて、それを引きずった。もう我慢ができなかった。
思わず立ちあがって、声を荒げてしまった。
「何もそこの上でやんなくてもいいじゃない」
「下でやればいいことじゃないの」
「テーブルに傷でも付いたらどうするの。直してくれるわけ」
「エェー」
「結局うちで直さなきゃいけないんだから」。
立て続けにまくしたてた。自分でもびっくりである。
親子は大あわてで道具を床に下ろした。
山でいきなり熊に出くわしたみたいに、一目散、だった。
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