食卓で使う椅子を、うちの工房では今のところ2種類作っている。サイドチェアとダイニングチェアと呼んでいて、どちらも肘乗せがないタイプだ。
肘掛け椅子、いわゆるアームチェアはないのですか?
そういう要望を、これまで何度かお客さんからいただいた。
そのつど、言い訳がましく、
食卓ではずっと座りっぱなしという人もいるけど、普通は立ったり座ったりするものだから、肘掛けがあると返って邪魔になりますよ。
また、アームチェアはお行儀よく、まっすぐ前を向いて座る椅子。でも、ときどき横座りとか、したくなりませんか。
あれこれ理由つけて、一向に取り組もうとしなかったのは、つまるところ、いい椅子ができるという自信がなかったからだと思う。
シンプルで品があって、作りやすくてリーズナブルなアームチェア。作るからには、皆さんからいい椅子だって褒めてもらいたいし、なにより仕事であればコンスタントに売れる椅子でなくては。
大げさだけど、一念発起して設計を始めたのが、去年の8月だったか。
1週間ほどかけて図面を引いた。椅子の設計には、時間も手間もかかるのだ。
それから次の段階の試作に進むわけだったが、どうもこれでよしという気になれなかった。
もう少しよくなる気がするけど、どこをいじればよくなるのか、自分でもそれが分からない。頭の中が煮詰まった状態というか。それで、少し間をおいて考えてみることにした。
椅子の場合図面は原寸図なので、割と大きな紙になる。それを合板に貼って、いつも目につくように立てかけて置いた。
そうやって仕事のあい間にときどき眺めてはいたものの、そうこうしているうちに忙しくなってきて、ひじ掛け椅子はひとまず中断。図面の方は工房の隅っこに追いやられて、そのまま年を越してしまった。
しかし、あんまり間があくのも考えものです。
すぐに注文があるわけじゃないし、いずれまた余裕のある時考えることにしよう、などとずぼらな考えが頭をもたげるわけで、われながら、ちょっと諦めかけてるパターンだった。
ところが救世主現わる。
年が明けしばらくたったころ、友人で建築家の徳井さんがお客さんを伴ってやってきた。
注文は、大きな変形の丸テーブルと椅子が4脚という話で、椅子は迷っておられたものの、うち2脚は工房に見本が置いてあるダイニングチェアに決まった。もう2脚はゆったりできるものがいいという。
いろいろやりとりするなかで、やっぱりアームチェアがあればなぁと思うのだが、残念ながら今のところモノがない。
でも話のネタぐらいにはなるかなと、例の原寸図を引っ張り出して見せた。
「実は、アームチェアの図面までは描いたんです」
「手直しをするところもたくさんあるし、いくらなんでも図面だけで決められないですね」
ふつうはまだカタチにもなっていない椅子なんて買わない。
だけど、徳井さんは大胆にも、
「それでいきましょうよ」なんて言いだした。
そういわれると自分も、いったん逃げかけていた気持ちが、また戻って来る気がして、まんざらではないのだった。
徳井さんに促され、残りの2脚は、未だ見ぬアームチェアにしてもらった。
まあそれでいいと言ってくれるお客さんと、尻を押してくれた徳井さんに感謝である。
作り手としては、仕事になればもうやるしかない。そして5月になれば、その締め切りがやってくる。
ここ何日か、原寸図面の手直しを始めた。4月に入れば試作をし、それを手直しして本番という段取り。
仕事はお尻が決まらないと始まらない。わたしだけかな。
スポンサーサイト