小学生が胸に付ける名札を忘れると、
「あなたはきょう一日、ナナシノゴンベイさんですよ」。
「あしたから忘れないようにね」と、担任の先生に言われる。
材木市場に並ぶ木にも、名札にあたる紙が、一本一本切り口に貼られている。
そこに入札番号、樹種、口径、長さ、体積が記されていて、買い付けに来た人はそれを見て札を入れるわけだが、木の名前などはいちいち確認しなくても、プロなら木の皮肌で分かるものだ。
わたしだってここの市場に出る木なら、たいてい間違わない。ただ中には判別がつかない木も稀にある。
前回の市で出た丸太は最初、樹種のところに「ハナ」と書かれていた。「ハナ」というのはカエデの一種で、この地方独特の呼び名らしい。ハナカエデともいう。長さは4メートルで径は50センチ。
久し振りの大径木だが、ハナは使ったこともなく、正直よく知らない木である。札を入れようかどうか迷った。見たところ大きな欠点もなく、目も積んで良さそうな木ではある。
入札日は翌日だったので改めて行ってみると、名札の名前が今度は「アサダ」に変わっていた。管理人である市場の人も迷ったらしい。「アサダ」はカバの一種で、ずいぶん前に買ったことがある。材は赤茶色で、白い辺材が外周にほんの少しある。
しかしこの木は断面で見る限り、ほとんどが白い。中心に赤いところも少しはあるが、ほぼ全体が白く、堅そうなのでカエデに見える。ただ樹皮の感じは、そういわれると確かにアサダっぽい。
判らないことがあると、親しい材木屋さんに聞く。
「はっきりとは分からないけど『ナシ』に似ている」という。「ナシ」、名前は聞いたことはあるが、実物を見たことがないので、何とも言えないなあ。
もうひとり懇意の製材屋さんに聞いたが、ハナではないけどアサダとも言えない、よくわからない木だという返事。ハナ、アサダ、ナシ、いずれもめったに出ない木なのである。
何十年と堅木を扱っているベテランお二人が分からないのだから、わたしに判断がつかないのもしょうがない。
とりあえず木は良さそうなので、ちょっと控えめの金額だけど札を入れたら、夕方に落札の連絡が入った。他の材木屋さんとしては、名前がはっきりしないのは、仕入れても売りづらいということで敬遠されたのだろうか。丸太買いはほんとに一期一会、まあウチと縁があったということかもしれない。
続いて送られてきた明細には、産地が伊香保とあった。伊香保は関東では誰でも知っている温泉地である。榛名山の中腹にあり、何回か行ったこともあるが、山はそれほど深くない。そんなところにこんな大木があったとは、ちょっとびっくりである。
というわけで、伊香保産の、とりあえずナナシノゴンベイがウチにやってくることになった。
製材して乾燥が終り、製品になるのは早くても2年先だろう。うまく乾いてくれるかどうか。期待半分、心配半分である。
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